完璧主義の性格が災いして育児ノイローゼに他

育児の悩みはひとそれぞれです。

完璧主義でいままではうまくいっていても子供と一緒だとそうもいきません。

そんな自分自身じゃどうもうまくいかない育児の辛さについてまとめました。

 

神経質な娘の毎日の夜泣きに睡眠不足

37 歳

育児ノイローゼだった頃の原因として考えられるのが、神経質な娘が常に泣き止まず、夜泣きによる睡眠不足も祟ったことが挙げられます。私自身もはじめての育児ということもあってか、精神的に参ってしまっていたのだと思います。

育児ノイローゼを乗り切るために私がとった行動は、とにかく人に相談して、自分だけではないということを知ったうえで、少し子どもとの距離を置くことで解消を試みることにしました。具体的には、週末だけ仕事をしたり、ほんの数時間だけでも親に見てもらってカフェで寛ぐなど気分転換することで解決しました。

あまりにも一人で抱えすぎていたのだと思いますが、今となっては良い思い出となっていることもまた事実です。

 

育児にたいしてのやる気が全くでなくなった

26歳

症状としては育児に対してのやる気がまったく起きないようになり、子供に食事を当てる気にもならず、自分の食事もままならない状態が続きました。その影響で子どもも自分もやせ細り、力が出なくなりました。現在は症状は軽快しています。

専業主夫として家事と育児に専念していましたが、初めての子どもの為やり方がわかりませんでした。しかし、自分も子供も体調が崩れたので、妻に手伝ってほしいと相談したことで、悩みも打ち明けられて気持ちが楽になりました。

もっと早くから信頼できるパートナーに自分の悩みを打ち明けることが大事になります。善は急げという言葉が大切です。

 

完璧主義の性格が災いしてノイローゼに

33歳

子どもが1歳前後の時にノイローゼのような感じになりました。1人目育児で余裕がなく、手を抜くという発想もありませんでした。その頃は主人への不満がたまっている時でした。主人は育児に関して気が利かなくて、自分勝手だと感じていて毎日イライラしていました。

学生時代からの仲の良い友人たちとグループラインで色んなことを話していました。愚痴や育児相談、真剣な悩みからゴシップネタまでなんでもトークしてストレス発散になりました。
また支援センターで出会ったママさんたちと話すのも気分転換になりました。

もう少し手を抜いてもいいんだよ、子どもを少しくらい泣かせてても大丈夫だよ(過保護気味だったので)と言ってあげたいです。

 

夫婦仲も悪く育児の悩みを話せる相手がいなかった

30 歳

旦那の帰りがいつも子供が寝てからで、夫婦仲もうまく言ってなかったので育児の悩みを話せる相手もいませんでした。
また、実家も遠方で頼れる親族もいなかったし子供を一時預かりなどに預ける勇気もなかった。家に引きこもっていました。

市役所に相談してみると、付近に支援センターがたくさんある事が分かったので支援センターに出掛けるようになってからは、同じ育児の悩みを他のママ達と共有することで孤独感から抜け出したり悩みの解決策を情報交換したり気分転換にもなり、ノイローゼから解放されました。

ふさぎ込まずにとにかく今辛いことを外へ向けて発信する勇気が必要だと思います。あなたの居場所は家庭だけじゃないよと言ってあげたいです。

相談する相手がいない土地で1人になりノイローゼ

転勤で知り合いもいない環境に身を置くこともあるでしょう。

そんな中でキツイ育児。周りにも相談する相手がいない状態は辛いです。

その他体験談をまとめました。

慣れない土地への引越しで心身ともにボロボロ

34 歳

第二子出産後に引っ越しし、慣れない土地での二児育児ストレスからノイローゼになりました。
食欲がなくなり、子どもと夫の食事の準備はするものの、自分の食事を摂る気力がなくなり、日中に泣くことが多くなりました。
余裕がなくて子どもにも夫にもヒステリックになってしまっていました。

がりがりに痩せてしまって、ネガティブにしか物事を考えられなくなってしまい、見かねた夫が上司に相談して1ヶ月会社を休むことで快方に向かいました。
わたしとしては心苦しい気持ちがありましたが、夫が一日中子どもの世話をすることがどれだけ大変かを身をもって理解してくれてよかったです。

頼れる親族がいないからと一人きりで無理せずに、市の預かりサービスを利用して息抜きしてよいよと言ってあげたいです。

 

夜泣きで兎に角眠れず体力も気力も減退

40歳

原因は、生まれたばかりの長女がほぼ一日中泣いていて、抱っこ抱っこの毎日。夜泣きもすごかったので、睡眠もこま切れで十分に取れなかったことだと思います。症状は、寝ないといけないとわかっていてもなかなか寝れなくなってしまった、一日中ボーっとしてしまい、無気力な状態が続くなどです。

夜泣きで睡眠時間が取れず、少しでも時間があると寝ないといけないと思い過ぎているのがいけないとアドバイスされ、無理に寝ようとするのをやめました。寝れないなら自分の好きな本を読んだり、音楽を聴いたりすることで、徐々に改善されてきました。

母親は赤ちゃんのことをすべてやらなければいけないと思わなくていいんだよ。たまには人に預けて自分の好きなことをしてもいいんだということを言ってあげたいです。

 

支援センターで自分の子供がトラブルが多く気が気ではなくなる

40歳

支援センターなどで我が子が他の子供とトラブルになることがとても怖かったです。そのため我が子がちょっと手をだしたりおもちゃをとりあいになりそうになるとひどく動揺しました。そしてそのことをいつまでも気にして、帰路で子供を叱りました。

支援センターなどで育児中のママさんたちとだんだんと仲良くなっていきました。それによって子供同士のことはある程度はお互いさまと思えるようになったのです。そうするととても気分が楽になり、我が子の行動に対するいら立ちがおさまってきました。

子連れということでまわりに迷惑をかけて申し訳ないと言う気持ちも大事だけど、それを気にしすぎてガチガチになっているよと伝えたいです。

 

対人恐怖症で育児ノイローゼが悪化した体験談他

対人恐怖症で外に出るのもいやだった

39歳

人に会いたくない、対人恐怖症のような状態。とにかく外に出るのも嫌で、人と話をする時に動悸がして頭が真っ白になり、何も話せなくなる。何か話さないとと、話題を探すが出てこないので沈黙のままでいると、相手からの質問にもしどろもどろになり変な答えを返してしまう。帰ってから落ち込む毎日。

血流が悪くなるとマイナス思考になりがちなので、朝起きてラジオ体操を2番までやるようにした。少し汗ばむくらいしっかりと体操。毎日やる気が出なくてゴロゴロしがちなので、掃除などとにかく体を動かしたり、お風呂で体を温めるなど血流をよくするよう心掛けた。 ”

とにかくママ友を作らなきゃという強迫観念があったので、別にママ友作らなくても一人でも全然大丈夫だよと言いたい。あと、もう少し嘘つきになっても良かったなと。世の中を渡っていくのに必要な嘘もあると言いたい。

 

夜泣きがすごくて毎日寝不足だった

27歳

夜泣きがすごくて毎日寝不足だったこともあり、子供が泣いていてもイライラしてしまったり育児にやる気が出なくて母親として失格なのではないかと自分を責めている毎日でした。
寝れないことが一番辛くて旦那にも八つ当たりをしていました。

本当にイライラが止まらなくてこのままではダメだと思った時な実家に帰り母に一日だけ子供を見てもらいました。
その時に寝たり、育児疲労回復サプリメントを飲んだり、買い物をしたりして乗り切りました。また、旦那も育児を手伝ってくれるようになったので気持ちが楽になりました。

辛い時期はほんの少しの時間だけだし、それだけで母親失格なのではないかと思い詰めることはないので、周りの人を頼ってもいいと思うよ。

 

周りに相談する相手がおらず自分の子供に手をあげてしまいそうになった瞬間

37歳

育児ノイローゼであると自分があらためて実感することになったのは、思わず子どもに対して手を上げてしまいそうになる瞬間があったことです。もちろん、なんとか思いとどまることができたのですが、そのときは、子どもと一緒にワンワン泣いてしまったことを覚えています。

私には姑も小姑もおらず、また母親もおらず、姉にも子どもがいなかったこともあり、助産師さんくらいにしか相談できる相手がいませんでした。そのため、一人で悩んですべてを抱え込んでいたことがストレスになっていると思い、それを案じた夫が親身になって話を聞いてくれたことで、救われたように思います。

あのときがあったからこそ、自分も成長できたということに、辛かったけれど感謝しなければならないし、良い経験だったと思ってがんばれ!

 

育児に非協力的な夫にイライラし宇宙人のような子供にキャパオーバー

33歳

イクメンという言葉が嘘にしか思えないほどうちの主人は育児に非協力的な人でした。仕事も当直がある仕事だったため、丸一日家にいなく、次の日は非番なので疲れて一日寝ているという、食事の支度をしなくてはいけないので、逆にいない方が楽でした。一日子どもと二人きりで何をどうしていいかわからず、宇宙人のような子どもと一緒にいて疲れ果てていました。無気力で一日何もできない日もありました。

大変だね、頑張ってという言葉がほんとにつらく、こんなに頑張ってるとにまだ頑張らないといけないの!?と思っていました。高校の時の同級生に話を聞いてもらったら自分も辛かったこと、そして少しでも話を聞くし気分転換に出かけようと色々と連れ出してくれ、少しずつ前向きになり、辛いのが薄れていきました。

大変だったよね!わかるよ!でも友達がいるよ!親がいるよ!自分だけじゃないよ!話を聞いてもらって、自分の思ってることや辛いことを言葉に出してみて。頑張ってるよ、あたし頑張ってる!頑張らなくていいんだよ!

孤独が育児ノイローゼを増徴させる体験者談

精神的な孤独はノイローゼを生みます。

そんな体験談をまとめました。

育児とはこうあるべきだにとらわれすぎてしまいノイローゼに

43歳

16年前に長男を出産しました。割と真面目というか、融通の利かない性格なので、
育児書をしっかり読んで正しい子育てをしなければいけないと思っていました。
また周りと比較して、我が子の発達が遅れているのかが気になり、
純粋に子供のことが可愛いと思えなくなっていました。

主人もちょうど会社で重要な仕事を任されていたため、いくら話をしても、
「まだ自分の子供相手だからいいじゃないか」と取り合ってくれませんでした。
孤独でたまらなかったところ、近所の保育園の未就園児サークルで知り合ったママ友と仲良くなり、
一緒に遊んでもらううちに、元気になりました。

自分から生まれてきたとはいえ、子どもは別の人間なので、思い通りにならなくて当然。
可愛い時期はあっという間に終わるので、今を楽しんでと言いたいです。

 

地方から東京にでて孤独からノイローゼに

50歳

夫も私も地方出身者で、親兄弟が周りに誰もいないという、東京での育児でした。
しかも、夫は仕事で帰宅はいつも夜11時過ぎ、という環境でした。
日中は赤ちゃんと私だけの密室の育児、というのが原因で,母親がしっかりしなければ、と思いながらも、うつ状態のような症状でした。

なるべく外に出るようにしなければ、という思いから、近くの保育所の園庭開放に行き始めました。あと、自治体の子育て支援センターにも通うようにしました。そのうち、同世代の子供を持つ知り合いのお母さんとの交流を持つことができて、次第にうつ状態は良くなっていきました。

当時は、赤ちゃん時代が永遠に続くかのよう思っていましたが、子供の成長は振り返ってみると早いです。あまり神経質に考えずに、子供となるべく外へ出るようにして、育児を楽しんで、と言いたいです。

 

塞ぎこんで自分だけで解決しようとしてしまった

35歳

とにかく、塞ぎ込んでいて、常に追い詰められているような息苦しい毎日でした。子供がいない時はできた事が何一つできなくなり、家事も手に付かなくなり、子供を可愛いと思う余裕すらあまりなかった記憶があります。とにかく、手をあげてしまわないよう、自分が死なないでいるのがギリギリ精一杯でした。

やはり、産まれる前にお腹の中にいた頃や産まれた時の気持ちを何度も思い出して忘れてはいけないと強く思うようにしていました。会える事をすごく楽しみにしていたんだ、とても大切な存在なんだ、今は大変なだけで本当は幸せなんだと考えるようにしていました。

無理なら無理しなければいいよー!といってあげたいです。いいお母さんになろうとせず、可愛がるだけでいい。今は今しかないから、せっかくの赤ちゃん時代楽しめないなんてお互い可哀想。保育園に預けてバランスをとろう。

子供の病気で育児ノイローゼにどうやって乗り越えた?他

こちらでは3名の育児ノイローゼを乗り越えた方の体験談を載せました。

どれも全て実話で、アンケートサイトから答えていただいた生の情報です。

みんなは健康なのに自分の子だけ病気という不幸

36歳

子供が「複雑性熱性痙攣」と「喘息」を持っており、熱が出た時や具合が悪くなった時の看病や具合が悪くならないようにするためにはどうしたらいいのかと悩んで少し鬱のような状態になりました。過呼吸も併発し、外出するのが困難だった時もあります。

病院の先生や本からの情報でいつかは治るものだと自分で言い聞かせて、出来るだけ考えることをしないように気を付けました。考えるような時間を作らないようにするため、趣味に没頭するようにしていました。趣味が読書だったので、気分転換や散歩をかねて近所の図書館で子供の絵本と一緒に本を借りてきてお昼寝の時間を使い読書をして気を紛らわせました。本屋で本を買ったりもしました。裁縫をするのも好きだったので、自分の服を子供用にリメイクしたりして、子供のことを考えつつも自分の好きなことをしました。

病気は自分のせいではないし、治療法もあるし、いつかは治るものだから気にしすぎないようにしようと言ってあげたいです。

 

はじめての育児で自分でもわけがわからず子供を愛せなくなる

28歳

泣いていることが多く、あまり寝ない我が子…私も最初の育児で悪戦苦闘。正直、我が子なのだけど可愛いと思えませんでした。泣いてるのを放置してぼーっとしてしまったり。自分もよく分からない感情で泣いてばかりでした。

とにかく買い物でもどこにでも外に出て、気分転換をしました。また、ママが集まれる場所などを探して他の人、赤ちゃんとふれあって、色々な話を聞いたりしました。意外と外にいる時はお利口にしている我が子でした。

辛いと思うこともあるけど、赤ちゃんとのその時、一瞬を楽しんで欲しいです。一緒に居られる時にたくさんスキンシップをとってね!

 

二人目の授乳頻度で睡眠不足による体力低下

36歳

2人目を出産した時に育児ノイローゼになりました。1人目を出産した時もなりましたが夜は眠れないですし夜の授乳が大変辛かったです。夜だけでも5〜6回は授乳の為に起きていたと思います。目にクマができて睡眠不足の為に金縛りにあいました。

週末主人がお休みの時に主人が赤ちゃんの面倒を見てくれました。少しゆっくり休むといいよと言う事で週末だけはゆっくりさせて貰いました。私は主人に助けられた部分があります。平日は主人が仕事の為、起こしたら大変ですので別々の家に寝ていましたが休日だけはゆっくりさせて貰えたのが育児ノイローゼを乗り切った方法です。

やはり育児ノイローゼを乗り切るには旦那さんの協力が必要です。平日はやむを得ないかもしれませんが週末だけはゆっくりさせて貰えるような環境を作って貰えると有難いです。

 

義両親との同居で自分の子供さえかわいいと思えない育児ノイローゼに他

育児ノイローゼには様々な症状があります。

この記事では様々な育児ノイローゼの症状や解決方法をまとめました。

義両親との同居で自分の子供さえかわいいと思えない

42歳

義両親との同居が最大の原因でした。ホントに些細なことでイライラし、子供がかわいいと思えませんでした。無気力で外出するのが億劫になり、誰とも関わりたくないと思っていました。また、突然涙があふれてきて自分は何もできない人間だから死んだ方がいいんだと思うこともありました。

一つは、実家の両親のもとへ行きました。自分の本当の気持ちは打ち明けませんでしたが、両親の顔をみて孫を抱く姿を見るだけで気持ちが晴れてくるような感じを覚えたので、たびたび実家に行っていました。二つ目は、自分を責めず完璧を目指さない。ま、いいか。と、毎日声に出して自分に言い聞かせるようにしていました。

当時のことは反省はしても、自分を責めたり後悔はしないこと。その時の幼かった子どもは今やとても優しい子に成長し毎日を楽しく過ごしているのだから。大丈夫。

 

夜泣きがひどく睡眠不足からの育児ノイローゼに

32歳

最初の子どもの夜泣きがひどい頃、いわゆる育児ノイローゼにかかりました。子どもの夜泣きの所為で睡眠不足になったのが入り口で、結果として、「夜泣きするかもしれない」からいつまでも寝ることができない、という状況に追い込まれてしまい、その不眠の状態がかなり続くことになりました。日中も当然眠気は襲ってくるのですが、残念ながら心配性の性格もあいまって、私自身が眠ることができず、睡眠薬を処方してもらうのも怖いので、不安定な状況の中で長期間過ごした経験があります。めまいや吐き気も当然訪れます。

仕事が忙しい旦那に相談することはなかなかできなかったのですが、さすがに私の顔つきがかわってしまったこともあって、旦那から異変に気づいてくれました。結果として、日中は義母が子どもの面倒を見にきてくれて、それでもはじめはなかなか落ち着くことができなかったのですが、義母に対する安心感が芽生えだすと同時に、義母が面倒をみてくれている横で、私も子どもと並んでぐっすりと眠ることができる、という状況に至ることができました。残念ながら夜中はそういうわけにもいかず起きっぱなしの状態が続いていたのですが、それでも日中はすっかり眠ることができるようになりましたので、昼夜逆転の状態ではありながら、健康な心身を手に入れることができました。

自分一人で解決することなど不可能なのだから、さっさと周りの人間に相談しなさい。子育ては母親一人でするものではなく、自分も含めたみんなでしてこそ、子どもが健康に育つもの。人の手を借りることは決して悪いことじゃない。

 

母の看護と旦那は育児しない状態でノイローゼに

55歳

出生直後から、飲まず、眠れない子でほとんど、泣いている状態でしたので、私自身もお産直後から、不眠不休で育児でした。実母は下半身のケガと後遺症で頼れないこともあり、かといって夫にも頼れず、上にも子供がいましたので、段々心身ともに私自身が弱っていき、食欲不振、産後の体もなかなか回復せず、鬱になっていきました。

自分自身の体の状態(下腹部の出血が止まらない、吐き気、頭痛、発熱など)もさることながら、精神的にも不安定になってきたので、児童相談所に相談しました。児相の方はさすがに様子がおかしいと思ってくださったのか、しばらく(数か月)乳児施設に子供を保護していただきました。

数十年前に児童相談所に相談した時は、まだまだ、母親というものに対して厳しい観念を持ってられましたが、それを押し切って、対応をお願いした自分をよくやったと言ってあげたいです。あのままでは、私と子供が最悪の状態になってしまうことは避けられなかったです。